どうせなら命を賭けて絵を描け
別に命は賭けなくてもいいが、お前も絵を描かないか?
姫山伝所属のおやきです。
一つ記事を書いていたらなんかもう一つ書きたくなったので枠をタカりましたところ、快く許可して頂いたため書いています。前回はコスプレについて書きましたが、今回は私のメイン活動であるイラストについて長々とおしゃべりさせていただこうと思います。前回同様身内向け感は否めない
なんで絵を描いてるのか、なんで自分のみならず執拗に人に絵を描かせようとしているのか、そんなことを言われてもどうしたらいいのか。そういう話です。
なぜ絵を描いているのか
絵を描き始めたきっかけは明確に覚えていません。大体小学生低学年の頃には既に描いていたと思います。
同じ頃、東方Projectにハマりました。なんてこった。10年選手です。大抵2次創作を見ており原作は存在を知っている程度でした。うごメモなどの文化に触れて、(自分もこんな素敵な絵がかけたらなあ)と思い、色々あっても諦めきれず書き続けたのが東方絵を描いているきっかけに近いと思います。
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| ←before after→ |
ゆるく、しかし情熱をもって描き続けていたところ、代表にキャトられて東方サークルにやってこれました。絵描いてるメンバーもいて、仲間ができたことが大変うれしいです。
様々な考え方やイラスト内外含め色んな刺激となり、よりモチベUPいたしました。ありがと~~
なぜ執拗に人に絵を描かせようとしているのか
早速ですが、皆さん、絵を描いていますか?
私は皆さんが描いたイラスト等をTwitter(新X)で見かける度にニコニコしています。
そう、私おやきは世界に知的財産が増えることでしか喜びを感じられない悲しき知財作品モンスターなのです。
私自身もイラストを描くことはあるのですが、イラスト投稿数約50に対して、いいねした数が約6000、うち9割はイラスト・漫画主体の知的財産であるはずなので、
生産1:消費100のただの消費者です。作ってないです。
| 要らん画像あるので実際は50程度 |
創作している方ならわかっていただけるかな、と思うのですが、(その発想はなかった…)と悔しくなるのは気持ちがいいです。つかえが取れたような、天板が開いたような感覚になります。そういった感覚を味わう頻度を上げたいがために、そして今私が味わっている楽しみを共有したいがために、熱烈勧誘中というわけです。さあ、絵を描こう!
絵を描くことのメリット
メリットデメリットで趣味をするのは息苦しいです。もっと楽に考えたい。しかし現代人の時間リソースは限られているのも事実です。技術としてのイラストの利点を示し、絵を描いていることは有意義で、価値のある素晴らしいことだと刷り込ませていただきます。
・盆栽趣味として人生100年時代お得
・派生スキルが多い
「役に立つ」という視点で趣味を評価するのがそもそもナンセンスですけれども、イラスト作成技術は応用が利く点も魅力です。デザインをベースに発展技術としてドット、造形、立体、3Dなど、イラストで培った力は他に派生させやすいと感じます。
ないものは作るという自活オタクの鉄則にそぐう技術であり、消費とは別で生産できるということは自信に繋がっていきます。二次創作メインで活動しコンテンツ提供者に命綱をお渡ししているお前が言うか、とは思いますが、それでも生殺与奪の権を自分が握れ。
・思想を反映できる
(おことわり)政治宗教の話ではないです......。それぞれコンテンツ元のガイドラインに従って適切にそれをあれこれしてください。
人が社会に心境を発表する際にはオブラートに包むことが望まれています。マイナスの感情や社会通念に反することであれば、尚のことです。ヘタなこと言うとあっちゅーまに炎上しますし、しなくても信用を失います。
仮に、本当に仮に、事実がどうであれ、例えの話です。私がどうしようもない現実が横たわっていて、圧倒的な越えられない壁があって、その中で生かされている人間が好きだとします。
私がそれをそっくりそのまま言葉で「どうしようもない現実が横たわっていて、圧倒的な越えられない壁があって、その中で生かされている人間が好き」と発言すると、すごい顰蹙を買うと思います。
みんな頑張ってんのにそれを見て悦に浸っている下劣な人間と言われるくらいで済めばいいですが、そんなこと言われたら普通に腹立つので嫌われますし、変わった癖がある人間だってむやみやたらに人を傷つけて生きていきたいわけではありません。
| 本当に例ですよ |
手段としてのイラストはそれらの欲求そのもの、またその表明を満たすことができます。一枚服着せるようなものです。思想そのものの道徳的正しさとかは社会に生きている以上避けられません。みんな自分にとって怖く、汚く、危ない目に合い「そう」なものは嫌なのです。ですが、イラストに描き起こすことそれ自体は咎められるものではない(発表とかするのは別としてね)と思っています。
表現することそれそのものは絶対に間違ったことではありません。咎めようがありません。「激ヤバ思想を紙一枚に書いて、だれにも見せないように厳重に保管している」←これをどうやって裁くことができますか?(WEBで規約無視して公開とかしたらまたちょっと話変わってきて厄介なんですが)
絶対を喪った現代において、ある観点からの”絶対”は救い足り得るのではないでしょうか?
この記事自体が思想激つよじゃね~か。包めよオブラートに。
イラストの始め方の提案
・模写
1にも2にも模写です。イラストを描き始めて一番つらいのが、思ったように描けないことかと思います。私もそれをウン年悩んでいたのでわかります。そんなにも脱却に時間がかかったのは、インプットをおろそかにしたためです。引き出しが少ない状態からいきなり描きたい絵は描けないし、描きたい絵が出てこないのは当然です。
とはいえ何を模写すればいいのか迷うと思います。そこで、私がサークルで行った模写講座を概要だけ紹介します。きっかけになれれば幸いです。
【ゆっくり○○の模写】
1.何も見ずに描く(5分)、2.資料を見て描く(5分)、3.資料に解説を加えて描く(10分)。
別に霊夢でなくともよいです。作画コストの低さと、バランスよく描かないと成立しない絶妙なキャラクターとして模写にちょうどよかったので饅頭を採用しました。一セット20分なのでお手軽かな?資料を見て描く重要性と、模写で得られる観察力を実感してみてほしいです。想像力と説得力のバランス大事!!
| やってみた図(左から1→2→3) |
・推しのゆるいイラストでちっちゃいスケッチブック埋める
文字通りです。デフォルメっぽい、シンプルな絵柄でもなんでもいいので1ページ埋め尽くします。量描くのが目的です。あんまりでっかいスケッチブックを買うと挫折しかねませんから、手のひら大くらいの、12×17cmくらいから始めるとハードルが低くてやりやすいかもしれません。
公開しないのであれば、誰かのイラストの模写で埋めてみるのがやりやすいかもしれません。達成感がありますし、推しが満ち溢れるので幸せです。なるたけ無秩序に、大小さまざまに描くと賑やかになります。
・量描け
描け
ご拝読ありがとうございました。お前も絵を描け。
「意味が無いw下手乙」←冷笑ね!今流行ってる奴ね!!
対抗できるのは熱血、時代は熱血生産。冷笑してしまうのは仕方がないと思う。自分が興味ないもの理解できないものってどうしてもあるし、それを表に出す品性はよろしおすなあって感じですけど、内心で夢中になれないことは多々あります。
そんな中でも、逆に熱狂してみませんか。フリでいいから。最初から全力投球しなくていいよ疲れるし。楽しさは見出すもんですよ。自分に冷笑の刃を向けないの。絵でなくてもハマれるものがあると生きてていいかなってなるじゃないですか。
なーんかやってるよwって思ったときに、5回に1回は踊らされてみるのもいいんじゃないか。仮装しろ仮装。絵描こう。
オマケ程度に、今絵を描いてて頑張ってる人向けに考えてることを書いてみました。
どうにもならないことも含めて話をしているので、火力高いかもしれませんが、
この内容と向き合うのに付き合ってほしいと思います。
↓↓↓以下厳しい意見・表現を含みます↓↓↓
【絵描きの個性】
自分しかできない表現なんてものはない。この世の80億を越える人々が人生で必ず一度は絵を描き、その中からぼちぼちの人数がそこそこに続けて、日夜「新しい」絵が生まれている。自分がやらなくても、いつか必ず誰かにその表現に辿り着く。早いか遅いかそれだけ。未知により早くたどり着けた人が「作風」を手にし、やがてそれらは既知に置き換わる。既知となった手法は真似られ、属人性を失っていく。
作風に辿り着けた人ですらそれで、大抵の人はそこに辿り着けない。個性は見えるけれど、完全に新しい表現を作り出せる人間ばかりではなく、私自らもその例に外れないと感じている。私が絵を描いたからといって「新しい」ものは特に生まれない。
自分しかできない表現なんてものはない。だからこそ「才能がない」という言葉は、描かないための免罪符にも、描きたい気持ちを縛る呪いにもならない。才能評価は描いた後でしょ。今、この瞬間それを描こうとしてるあなたが先で、唯一なんじゃないのか。描きたいんじゃないのか。描けよ。巧い拙いで話をするなよ。ペンもって紙に向かえば成立するそれに上手い下手があるかよ。主観的な行いそれ自体に技量は問われない。好きなもん描こ。客観的な評価を意識したらそれは気になるかもだけど、その気になりは否定しないけど。まずはただ描けよ。
【絵描きと努力】
イラストって機材揃えたらキリは無いけど、紙とペンがあればスタートできるいい趣味です。やるだけならお金はかからない。けど、ガチで学ぼうと思ったらあり得んお金かかるし、ガチでやらないにしても、人によってはお金よりも準備が難しい「時間」という資本が必要になります。
絵を追求するうえで、よく耳にする言説があります。「本気になってないから画力が上がらない」?「犠牲にしているものが少な過ぎる」?当たり前です。多く場合私たちは絵なんかよりもやるべきことがあります。ここにリソース突っ込めるのはある種の「恵まれている人」たちだけです。前提が違う人の言うことを、出てくる作品を見て挫けるな。自分の努力が足りない、と責めないでほしい。続けた人が勝つ世界で、続けられなくなるまで自分を追い込まないでほしいです。
リソースの支払えない奴は絵なんか描いてないで働けwと言いたいわけではありません。狂気の努力量を真似るためには、絶大なリソースを提供してくれる、例えば家族のような支持者の存在があるか、めっちゃ時間管理うまくてリソースを創出できているか、生活や人生全部を投げうって全ツッパしているガチクレイジーかの三択です。前2つには相関があるでしょうし、最後だと主張している人間の多くは誰かに支えられている自覚が無い、もしくはガチですべてを失っています。いずれにせよ継続が現実的ではありません。真に受けるな、という話です。
私たちが絵を描くための環境に「恵まれた人」の言説に呑まれないためには、環境を整える必要があります。即ち生活をする。朝起きて仕事なり勉強なりと向き合って夜寝る、三食ないし二食は食べる、そんな普通の生活を続けるべきです。それらの生活から受け取れた糧か、もしくは不満をバネにした創作は地に足が着いたつまらないものですか?向き合った事や人は本当につまらないもので、本当になんの役にも立たないのですか?
「普通」の生活ができるのもある種恵まれているでしょう。もしかしたら貴方は、普通の生活が出来なくて困っているかもしれません。そっちのが難しい人の方が多いかも。私もそっちの「普通」の生活がうまく出来ない苦しみから、イラストに狂い続けている時期もありました。普通を享受する難しさを痛感しました。ひどいこと言ってる自覚はあります。
兎に角、才能とか努力とかいう表面的な言葉に惑わされずに、プリミティブな、根源的な「描きたい」という気持ちを大切にしてほしい。私はこの欲求だけを信仰しています。他は全部後付けです。「描きたい」を利用されるな。自分だけのものです。
健康に生活してても鬱屈した感情出てくるでしょ。具合の悪さで創作するな。寝ろ。寝て起きて残ってたのが本物のエグみです。寝たらどっか行く程度の負の感情で描いてていいんですか。陽の絵描きは言わずもがな寝てください。
これすらも私という「恵まれた」人間による言説であり、必ずしも真に受けていいものではない。私は貴方の味方ではない。ここ一年ずっと、機会と人とリソースに恵まれまくっています。努力しないくせに努力する人間を妬んでもいます。騙されるな。
生活をしろ。賭けるに値する分丁寧に生きて。
そのうえで、どうせなら命を賭けて絵を描け!


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