あらすじ:高校のときから日本から東南アジアまで飛行機を使わずに行くルートを発見した自分は大学生になり、時間と金を確保して旅に出ることにした。計画段階でフェリーの再開延期や卒論の不出来から教授による圧力を受けるも、2025年7月22日に旅行を実行することが決まった。

ルール:

1、飛行機の使用は原則禁止

2、大阪を起点とし、タイ、バンコクを終点とする

3、旅はRTA形式で行う

4、大阪駅出発の地点でタイムスタート、バンコクに降り立った地点で計測終了

5、RTAと銘打っているが、安全第一で旅行を全力で楽しむこと

6、東方の聖地を必ず巡ること

7、一日が終わるごとに日記を書き、これをレポートとする


1日目

静岡から夜行バスに乗って大阪へ!!阪急梅田駅を出発した瞬間からタイマーをスタート!!

そのまま神戸三ノ宮を経由して神戸港へ!!

そこから5年半ぶりに再開した大阪上海フェリー鑑真号に乗船し、晴天のままいざ上海へ!といいたいとこだが、室内のコンセントがまさかの故障!しかもWi-Fiはほぼ使えない...何はともあれ、今回は8人相部屋の和室を選択し、とある同室の人と知り合いになった。話を聞くと10回以上もこのフェリーに乗ったことがあるようだ。追記:船内のスーパーカップが250円だった!!思ったよりも安い!食事は思ったよりも豊富ではあるが、ヨーグルトをストローで飲むという方式には笑ってしまった。


2日目(航行中)

天候は良好で海は穏やかだが、意外にも船速は遅く、朝になってもまだ日本の領海にいた。逆に言えばギリギリでネットは使えたが、昼過ぎには遮断された。しかも、外海に出たからか、船も大きく揺れ始めた。トイレに行ったところ、鍵が壊れかけていたのか危うく監禁されるところだった...(なんとか自力で鍵をこじ開けた)船内は思ったよりもすることがなく、ダウンロードしたアニメを見る他なかった。2日目になると打ち解けるのか、夕飯にて3ヶ月かけて陸路でオーストリアからインドネシアを目指しているカップルと話をした。私の上位互換がいるとは!!しかも!酒の席で同室の日本人の青年もシベリア鉄道経由で南フランスまでいくんだとか。その人はスパイとしてロシアで拘束されかけたそうである。別の人もまた、昔、中国の立ち入り禁止区域で罰金を喰らったなど、意外と怖い体験をしている。


3日目

中国大陸が見えてきたとき、感動した!!やっと上海に到着する!!船から沿岸部にある浦東空港が見えたとき、中国に来たことを少し実感した。

到着直前、中国人と軽く会話をし、心なしか中国語の聞き取りが少しだけできるようになった。

別れ際、欧米人から知り合った印にジョージアとロシアのコインをもらった。

 上陸したはいいが、SIMカードが全く使えない!!アクティベート作業を知らなかった私は焦りに焦った。見かねた私を助けてくれたのはまたしてもあの欧米人だった!!わざわざインターネットを共有して、上海駅まで着いてきてくれた彼には頭があがらない。本当にありがとう!!

入国手続きを終えて、ホテルにチェックインした私は早速中国にある東方の聖地の一つである霧雨カフェに行くことにした。次に新世界城4階にある万番屋に行き、驚いた。2009年のコミケと2010年の例大祭で頒布されたタペストリーが売られているではないか!!もはや今の日本では手に入らない代物ではあるが、相手もそれを知っていたのか、10000円以上の値段だった...気を取り直して外灘に行き、綺麗な夜景に感動した。なお、ホテルに戻り、カバンにつけてたこいしのキーホルダーがなくなったことに気づくのである(泣)。

その晩、同室になった日本語ができる韓国人と宴会をした。彼もまた旅が好きで欧州を飛行機で巡った後、中国にも来たそうである。なお、途中ヤバイ中国人にも絡まれたがそれもいい思い出だ。


4日目

昨晩の二日酔いが覚めぬまま街中へ。早速中国の電話番号を入手するべく、SIMカードを買おうと試みるが、外国人には売っていなかったり、1ヶ月からしか販売しなかったり、やっと2日分を見つけたと思えば4000円だったりと踏んだり蹴ったりだったため、諦めた。気を取り直してアニメイトカフェへ行き、東方コラボを満喫した。日本でも2020年にやっていたそうだが、日本にはないグッズがここでは販売されていたりと変わっているところもある。そこで購入したランダムコースターでフランを引き当てたのはめっちゃ嬉しかった。次に豫園へ向かい、自然を堪能した。中は思ったよりもとても広く、迷子になるところだった。その後、近くにある食べ歩きの街でご飯を食べた。デザートを買うべく、店に入り、一人分の量り売りでお菓子を買おうとしたが、言葉が通じなかったのか、多くの量を盛られてしまい、ぼったくられてしまった... 大量のお菓子を一人でどう食べろと?!ここで船内の中国人から言われた「中には悪い中国人もいるから気をつけるように」という言葉を思い出した。何はともあれ、明日の食料が決まってしまった。列車の出発までとても時間があったので、その後は外灘で一人熱中症になりながらも休憩した。時間になり、少し早いが、上海虹橋駅へ。事前に切符を取ろうとしたが、発売開始と同時に売り切れたため、立ち席が確定している。何はともあれ、乗車が始まり、後ろの荷物置きに陣取ったが、案の定、私だけ床に座っていたのか、視線が痛い。開始時点でマジで泣きそうになる。これが10時間半も続くのはもはや最大レベルの罰ゲームである...とそう思っていたが、次の駅で席を確保!!次の停車は翌朝になるので床寝は回避!!一方、連結部では床で寝ている人もいたので、席を確保したのは奇跡といえるだろう。


5日目

リクライニングのできない座席で一晩を明かし、なんとか虎門駅へ。ここでタイムを計測するが、まさかの処理落ち。嫌な予感がしてストップウォッチを見たら、案の定リセットされてしまった...やはり長時間の計測には耐えられなかったか...ここでRTA 終了かと思いきや、出発時にスクショしたタイムが残っていたので、そのタイムと乗車時間を合算することで続行することにした。正確なタイムは出せなくなったが、大きな誤差はないはず。何はともあれ、無事に东莞市へ行き、早速ローソンへ。今中国の一部のローソンでは東方とコラボしているため、グッズを購入するべく行ってきた。その後、唯一中国にある東方の聖地である东莞可园へ行った。残す海外にある聖地は台中(蓬莱人形のジャケ絵)とエジプト(道神馴子)だけになった。次に広州へ到着し、漫画星城へ行き、驚かされた。みんな自由にコスプレをしている!!しかもコスプレのまま地下鉄にも乗ってるし、誰も何も言わない!!これが文化の違いか...なんて言いながら、魔理沙のコスプレイヤーを発見!!クオリティが高すぎる!!しかも中国限定の東方グッズも発見!!衝動買いしてしまった。過去一の金欠になるかもと覚悟する。

 出発時間になり、列車に乗車。今回は事前に寝台が取れたので安心と思いきや、まさか冷房が機能しない上に、タバコ臭い...ここ最近ついてない気がする。旅も終盤に差し掛かってるし、なんとかなってほしい。いや、なってくれ。


虎門到着時 96:07:03.61

広州発105:09:43.43



6日目

眠れぬまま朝を迎え、南寧を経由し昼に昆明に到着したことで旅の終わりが見え始める。気がつけば中国滞在も今日が最後になった。ここまでくると楽しさよりも孤独による寂しさが勝るようになってくる。特に寝台列車に乗っていたとき、周りが会話を楽しむ中、自分だけが置いていかれる感じは耐え難いものだった。昨日、自分は他人に日本人であることを明かしたが、どうも歓迎されていない様子だった。日中関係の悪化がここでも現れているのか、或いは自分のコミュニケーション力の問題なのだろうか。

 何はともあれ、南寧経由で昆明に到着した私は早速昼食をホテル前の屋台で食べた。美味しかった上にそこの店員はとても優しく、漬物と白米のおかわりも無料だった。しかもそれでいて400円もしない。安い!!久々に人の暖かさに触れた気がした。次に悪戦苦闘しながらも雲南民族村へ行き、長年気になっていたタイ族について調査を行った。早速舞踊をしていたタイ族の人と話をし、タイ語が少し通じたことが判明してとても嬉しかった。だが意外なことに家族はタイ語を話すわけではなく、タイ語を学んだのも自分の意思であるという。そのため普段の会話は中国語であり、タイ族でもタイ語を話せない人もいた。ここで同化政策の効果を身にしみて感じた。その後、昆明老街へ行き、様々なものが売られているのを目にした。昆虫食はもちろん、アンモナイトの化石、ヒスイの原石、生きたままのうさぎ、インコ、チョウザメの稚魚などもはやなんでもありの市場に驚かされた。いずれにせよ、中国に滞在した感想としては一見、社会主義で自由がないように見えても、実際は自分が想像している以上に彼らも別の形で自由を謳歌している印象を感じた。それでも街の至る所に政治スローガンの看板が設置されているのは斬新な光景だった。


南寧到着時:119:10:47.17

昆明到着時間 124:56:25.41


7日目

日本を出発してからいつの間にか一週間が経過した。早朝なんとか起床し、昆明を出発した。そしてついに憧れていた中国ラオス鉄道に乗車し、ルアンパバーンへ。当初はそのままビエンチャンへ行って、次の日に終点のバンコクへ向かう予定だったが、韓国を経由する必要がなくなったため、せっかくなのでラオスで一泊することにした。

列車に乗車すると隣はラオス人だった。久しぶりにタイ語で会話をし、出稼ぎに来たが、仕事が得られずに実家に帰るのだそう。相手も言葉が通じて嬉しかったのか、編集中も話しかけてきた。ラオスには最近まで鉄道がなかったのか中国の鉄道に乗る度に耳が痛いと言っていた。そして、出発から数時間後、ついに国境に到着した。越境したときにラオスの旗が見えた時は思わず感動し、隣のラオス人と喜びあった。入国手続きが完了し、乗務員もラオス人に変わったことで一層東南アジアに来た雰囲気がでた。しかも隣のラオス人から車内販売のソーセージを奢ってもらった!ありがとう!!

 そうこうしているうちに無事にルアンパバーンに到着した。ラオスは社会主義であるためか、街中至る所で槌と鎌の旗が掲げられていた。また、街全体が世界遺産に登録されているためか、観光客が多い!!しかも!!私が中学のときの教師にも出会ったのである!!(事前に来ることを知っていた)実に6年ぶりの再会となり、感極まった。夕飯を一緒に食べて、積もる話をした。当時の面影をやはり残していて、人間らしさを感じた。その後、ナイトマーケットへ行き、雑穀を蒸留して作られたリキュールを購入した。味見をさせてもらい、甘さが好みだったため、少量ながらも衝動買いしてしまった。


8日目

午前中に畑に面したすごく素敵なカフェがあるらしいので行ってきた。値段は現地にしてはやや高めだったが、十分満喫した後、ルアンパバーンを出発し、やっとバンコク行きの列車に乗れる!!


そう思っていた時期がありました。


結論、両替した銀行にパスポートを忘れたせいでルアンパバーン→ビエンチャンの列車に乗り遅れ、しかも終日満席。

ただひたすら絶望しかなかった。幸い、パスポートは無事に取り戻せたことに加えて、最終発のチケットが取れ、ビエンチャンには行けるが、バンコク行きのバス、鉄道は時間的に無くなっており、ビエンチャンでの抑留を余儀なくされた。しかもビエンチャンからバンコクまでは中々取れない一等寝台を予約しており、楽しみにしていたため一層辛かった。まさか延泊するとは思っていなかったため、お金がない!!幸い日本から持ってきたカップ麺は少しあったのでなんとか腹は満たせそうである。いずれにせよ、ビエンチャンに来たのも何かの縁でもあるため、楽しむことにする。ビエンチャンの来訪は2回目であり、中学のときに一度来ているが、「世界一何もない首都」だけあって相変わらず本当に何もない。下手したら日本の地方都市のほうが繁栄しているまである。


9日目

どうしても1等寝台が諦めきれず、必死に当日キャンセルを粘り強く狙い続けたが、ダメだった。せめて推しの24系だけでもと思ったが、無理だった。以上のことから確かに言えることは中国だろうが、日本だろうが、タイだろうがどこの国でも寝台列車の需要は尽きないし、供給も追いついていないような印象である。

 起床後は少し早めにホテルをチェックアウトし、市内観光をした。お金はないため、徒歩での観光になったが、色々なところへ行くことができて楽しかった。凱旋門は隙間風が吹き、とても涼しく、休憩させてもらった。この凱旋門、フランスの凱旋門を元に作られ、ラオス内戦で亡くなった兵士たちへの弔いのために作られたそう。この内戦でラオスは社会主義国家になったとか。思えば、中国、ラオスと続き、私は社会主義国家にしか行ってない気がする。休憩中、一等寝台のキャンセル待ちをしていたら、取れた!!嬉しい!!時間になり、バスに乗車し、いざメコン川を渡河!!やっとタイ国旗が見えてきたときには感動してしまった!!入国審査の際、二重国籍のため、怪しまれ、けっこう手間取ったがなんとか入国!!ここまできたらゴールはもはや目前である!!楽しみであると共に、旅がもう終わることへの悲しさが押し寄せてきた。その後はタイのノンカーイ駅からバンコク行きの寝台列車に乗車し、一人個室で宴会をした。

 

10日目

タイ時間午前5時33分、列車はついに終点のバンコク中央駅のホームに滑り込んだ。ホームに足がつき、タイマーを止めた。

記録は215:47:57.98

(8日23時間47分57.98秒)

距離にしておよそ5700キロ(東京ージャカルタ 5775キロ)

本当に長かった...完走した完走として、結論から言うと、飛行機使え!でも道中見れなかったものが見れてとても楽しかったし、後悔はなかった。

それでもやっぱり地球は繋がっている、それが知れて十分だった。なお、頑張ればシンガポール、インドネシアまで行けるらしいが、今回は時間と費用の関係からバンコクで打ち止めにした。あと、上海朝9時着の船に乗船し、ルアンパバーンで1泊せず、パスポートを忘れず、列車に乗り遅れなければ72時間は短縮できた。

 もし、私のように飛行機を使わない物好きな旅人がいれば、この記録が参考になれば幸いである。


後日談:

帰国する際、バンコクー上海ー静岡の順で飛行機に乗る予定だったが、バンコクー上海間が天候不良で大幅に遅延したことで乗り継ぎに失敗し、3日上海に宿泊することになり、上海の東方オンリーイベント(上海THO)に参加したのは別のお話。


日本の東方オンリーとの違い

・規模は毎年変わるが、今回は名華祭の半分くらいだった

・向こうにもチルノパスのようなものもある

・当日券は発行しない場合もある

(今回は奇跡的に入れた)

・予約、チケット購入時には中国の電話番号が必須

・リストバンドはない

・動画撮影はOK!!

・コスプレ来場可能!!

・缶バッジなどグッズの無料配布が多い!!